風邪でよれよれ‥ と思っていたら、「寒いから、カンボジア人も
今風邪の人がすごく多い‥」と言われ、やっぱりここも「冬」なのね、
と思いました。
日本の冬に比べたら全く生っちょろいですが‥
こんな時、この曲がじわじわ来ます。
Loud Pipes by Ratatat
以前プノンペンにもやってきたこの2人、また機会があればカンボジア
(無理だろうけどできればシェムリアップに!)に来てもらいたいと
願っているのです。
(そして、私は彼らのことをひそかに快楽音マスターと呼んでいます。)
Grape Juice City by Ratatat
この人たちは、音楽もそうだけど、映像のセンスもいつもすごい。
今風邪の人がすごく多い‥」と言われ、やっぱりここも「冬」なのね、
と思いました。
日本の冬に比べたら全く生っちょろいですが‥
こんな時、この曲がじわじわ来ます。
Loud Pipes by Ratatat
以前プノンペンにもやってきたこの2人、また機会があればカンボジア
(無理だろうけどできればシェムリアップに!)に来てもらいたいと
願っているのです。
(そして、私は彼らのことをひそかに快楽音マスターと呼んでいます。)
Grape Juice City by Ratatat
この人たちは、音楽もそうだけど、映像のセンスもいつもすごい。
産まれて初めて、こんなに絶好の時間帯&ロケーションで見られましたわ!
皆既月食。
今でもまだ神経が高ぶっていて、これじゃあしばらくは眠れなそう‥

今日は、「せっかくだから街中でなくて遺跡の近くで見たいわ」ということで、
アンコール・ワットのお堀前をバイクで走り、結局スラ・スラン遺跡に腰を
落ち着かせました。
遺跡前に着いた時には既に月食はかなり進んでいて、まぶしく輝いていた
満月の光がだんだん地球の影に削り取られていきます。
見ていたら、影に入った部分がうすらぼんやりと赤く変わっていきます。
完全に見えなくなるわけではないんですね。



食が更に進んでもうすぐ皆既!という時に周りを見渡すと、もう星の海。
さすが遺跡地区。明りがほとんど無く、夜中で埃も舞っていないおかげで、
星を見るには本当に絶好のロケーション。
上の写真の後しばらくすると皆既がはじまり、カメラのピントも合わなく
なってしまったので、しばし流れ星が途中横切ったりする中でまったり。
星の数が凄すぎて、星座を探すどころでない感じでした。
昔見た、地面から宇宙に吸い込まれる夢を思い出して、
ちょっと鳥肌が立ちました。
私のデジカメじゃあ写真に収められなかったのが非常に残念でしたが‥
そして、スラ・スラン前での鑑賞はここまで。
木枯らしのような風が吹く中町へ戻りました。
いくらカンボジアといえども、12月の夜中はかなり冷え込みます。
(特に、遺跡がある地帯は人や建物が少ない為か、気温が低いのです。)
下の写真はアパートに戻った後に撮ったもの。
地球には分厚く大気があるので、月に映る影の境目はなんだか
ぼんやりしています。





月はただペロッと空に張り付いているのではなくて、しっかりとした
球体で、宇宙に浮かんでいるんだということを改めて実感、
また地球の影というものもじっくり見られて‥妙に感慨深かったです。
皆既月食。
今でもまだ神経が高ぶっていて、これじゃあしばらくは眠れなそう‥

今日は、「せっかくだから街中でなくて遺跡の近くで見たいわ」ということで、
アンコール・ワットのお堀前をバイクで走り、結局スラ・スラン遺跡に腰を
落ち着かせました。
遺跡前に着いた時には既に月食はかなり進んでいて、まぶしく輝いていた
満月の光がだんだん地球の影に削り取られていきます。
見ていたら、影に入った部分がうすらぼんやりと赤く変わっていきます。
完全に見えなくなるわけではないんですね。



食が更に進んでもうすぐ皆既!という時に周りを見渡すと、もう星の海。
さすが遺跡地区。明りがほとんど無く、夜中で埃も舞っていないおかげで、
星を見るには本当に絶好のロケーション。
上の写真の後しばらくすると皆既がはじまり、カメラのピントも合わなく
なってしまったので、しばし流れ星が途中横切ったりする中でまったり。
星の数が凄すぎて、星座を探すどころでない感じでした。
昔見た、地面から宇宙に吸い込まれる夢を思い出して、
ちょっと鳥肌が立ちました。
私のデジカメじゃあ写真に収められなかったのが非常に残念でしたが‥
そして、スラ・スラン前での鑑賞はここまで。
木枯らしのような風が吹く中町へ戻りました。
いくらカンボジアといえども、12月の夜中はかなり冷え込みます。
(特に、遺跡がある地帯は人や建物が少ない為か、気温が低いのです。)
下の写真はアパートに戻った後に撮ったもの。
地球には分厚く大気があるので、月に映る影の境目はなんだか
ぼんやりしています。





月はただペロッと空に張り付いているのではなくて、しっかりとした
球体で、宇宙に浮かんでいるんだということを改めて実感、
また地球の影というものもじっくり見られて‥妙に感慨深かったです。
今日は「アンコールワット国際ハーフマラソン」が開催されるということで、
参加は残念ながら気合と体力が足りなくて断念したけれども、見るだけでも!
と思い、アンコール・ワット前まで行きました。
(Mさん朝早いのにつきあってくれて、ありがとう!)

わ、ハーフマラソンの部がスタートした! くるぞくるぞ!

ペース速いわぁ。 あっというまにすぐ近くまで。

しばらくランナー達の姿が目の前を過ぎ去っていくのを見守って
いたけれども、いつまでたっても途切れない人の流れに
何故かだんだん笑いがこみあげてきて‥すごいよ‥
なんでも、前年よりもかなり参加者の数が増えたとか。

こちらもかなり盛り上がってました。 3kmのファミリーラン。
エネルギーが有り余って、フライングしまくりだったのが
なんだか微笑ましかったです。。
そして、スタッフの方お疲れさまでした‥
21キロ、前に走ったからもういいかな、と思っていたけれども、
やはり目の前で走っているのを見ると、またやってみようかな、と
心が動きます。
もし、事前にちゃんと体力づくり等々準備できれば‥
今度は無理せず5キロくらいで‥
(結局またへなちょこな感じに)
参加は残念ながら気合と体力が足りなくて断念したけれども、見るだけでも!
と思い、アンコール・ワット前まで行きました。
(Mさん朝早いのにつきあってくれて、ありがとう!)

わ、ハーフマラソンの部がスタートした! くるぞくるぞ!

ペース速いわぁ。 あっというまにすぐ近くまで。

しばらくランナー達の姿が目の前を過ぎ去っていくのを見守って
いたけれども、いつまでたっても途切れない人の流れに
何故かだんだん笑いがこみあげてきて‥すごいよ‥
なんでも、前年よりもかなり参加者の数が増えたとか。

こちらもかなり盛り上がってました。 3kmのファミリーラン。
エネルギーが有り余って、フライングしまくりだったのが
なんだか微笑ましかったです。。
そして、スタッフの方お疲れさまでした‥
21キロ、前に走ったからもういいかな、と思っていたけれども、
やはり目の前で走っているのを見ると、またやってみようかな、と
心が動きます。
もし、事前にちゃんと体力づくり等々準備できれば‥
今度は無理せず5キロくらいで‥
(結局またへなちょこな感じに)
親切に案内してくれたおじさんとは、「ここから先は入れないから‥」と
途中でさよならすることに。
なんと言えばよいか分からず、結局シンプルにありがとうとしか
言えなかったのが、なんとなく心残りでしたが‥
その後はひたすら遺跡内を無心に歩き回ったり放心したりしていて、
実はあんまり記憶が残っていないのですよ。
今写真を整理していて「ああ、ここきれいで良かったよな」等と
思い出しているところです。
撮りまくった画像の一部をまた垂れ流していきますので、
よろしければ見ていってください。













このまま平穏な日々が続くことを祈っています。
途中でさよならすることに。
なんと言えばよいか分からず、結局シンプルにありがとうとしか
言えなかったのが、なんとなく心残りでしたが‥
その後はひたすら遺跡内を無心に歩き回ったり放心したりしていて、
実はあんまり記憶が残っていないのですよ。
今写真を整理していて「ああ、ここきれいで良かったよな」等と
思い出しているところです。
撮りまくった画像の一部をまた垂れ流していきますので、
よろしければ見ていってください。













このまま平穏な日々が続くことを祈っています。
※プリア・ヴィヒア遺跡周辺は、大使館より
「渡航の是非を検討してください」と危険情報が発令されている
地域となっています。
旅行の前によく現地の情報を収集し、安全策を講じてから
挑むようにしてください。
********************************************
2005年以来‥
何て変わりようでしょう!
こんなにスムーズに、長旅で具合が悪くなることも無くあの場所へ
辿り着けるなんて‥
もう山周辺や山道の舗装作業完了も間近ですよ。
なんだか拍子抜けするほどあっけなく到着してしまい、
うれしいような悲しいような‥‥‥‥
プリア・ヴィヒアは、かつて私にとって、悪路での長旅に耐えた人への
ご褒美のように、長い参道とともに段々と雄大な姿を現して、
長続きするわくわく感を抱かせてくれたのです。
今でももちろん大好きな(バコンとバイヨンとプノン・バイヨン・カオの
次くらいに)遺跡だし、いろんなしがらみから解放されたような気分になって、
とってもきれいな空気とともに純粋に「そこにいること」を楽しめる
貴重な場所なのです。
が‥ 今はちょっとそこまでという本当に「ご近所」的な感覚で、
往時のありがたみが‥
‥とこんなエゴい考えで過ごしていてもつまらないので、
本格的にこの素敵な遺跡散策を楽しみにかかりました。

この日は前泊したアンロンヴェンの町からスタート。
朝日に向かって走ってるよ‥(ドライバーさん、まぶしくてごめんね)

カンボジアにも朝もやというものが出るんですね。知りませんでした。
(はい、私は朝にめっぽう弱いのですよ‥めったに早起きなんてしません!)
目的地の山の近くのチェックポイントに到着し、ノートに必要事項を
記入したら、いよいよ遺跡が鎮座する山頂を目指して出発!
しかし‥残念ながら乗合のピックアップトラックは一足先に
出発してしまったので、「お客さんがまた集まるまで待たないとね。
それか、バイクで行く?」とお姉さんに言われ‥
結局、怖いからやめておこうと思っていたモトードップで上まで登ることに。
(やっぱり急な坂道は手に汗にぎりましたわ‥)

山だ!山だ! 子供のように興奮。

山頂少し手前の駐車場に到着。
冬瓜ジュースを買って、いよいよ徒歩で遺跡へ向かいます。

上に登りきったら、まず青空にはためくカンボジア国旗とユネスコの旗。
そして、この看板。

かつての正規の入り口(?)、今は閉ざされたタイ側から入って
階段を上りきると、この建造物が出迎えてくれます。

観光客は、早い時間帯であったこともありまだまばらでしたが、
たくさんの兵士が遺跡周辺に駐屯していました。
一瞬どきどきしてしまいましたが、落ち着いて見まわすと、みな
のんびりとしていて、先日の戦闘が信じられないような長閑さでした。
しばらく散策していると、びっくりするほど立派な雄鶏がいたので
見入ってしまいました。すると、飼い主(?)の兵士が現れて、
落ち着きのない鶏を、写真を撮りやすいように捕まえてくれました。
いや、そこまでしなくても良かったんだけどな‥
「おまえほら、じっとしてろよ。かっこよく撮ってもらわないとな。」
(しゃべりかけてるし‥)

以前この参道脇には所狭しと売店が並んで、カンボジア人もタイ人も
それ以外の外国人も、みな一緒くたにこの遺跡の散策を楽しんで
いたんですよね‥

鶏兄ちゃんがいたところの近くで、ノム・ヒンを売っているお姉さんを
発見し、迷わず購入。朝ごはん朝ごはん!
(これ一つでこの日の夜までを乗り切ることになるとは、
まだ思っていなかった‥)

遺跡をじっくり見る前に、山頂からの景色を楽しみます。
決して高くは無い山ですが、眺めは素晴らしく、
日差しは強いですが風が涼しくて気持ちが良いのです。
途中英語ペラペラの、ポリスのおじさんと会いました。
彼はシェムリアップから来たそうで、任期は12月半ばくらいまで。
最近片目を傷めてしまい、「痛いから病院に行きたいんだけど、
今は持ち場を離れられない。ちょっと怖いんだ。」と赤い目で
不安そうに話していました。

「前は、ここに寝泊まりしてた。」と話すおじさん。

「今はここに住んでるんだ。6人は余裕で入れるよ。中見たい?」
「いや、ごめんなさい。遠慮しておきます‥」
「ここに入っていたら安全なんだ。弾も届かない。」
ここで、先の銃撃戦のことを思い出し、背筋に冷たいものが走りました。
つづく。
「渡航の是非を検討してください」と危険情報が発令されている
地域となっています。
旅行の前によく現地の情報を収集し、安全策を講じてから
挑むようにしてください。
********************************************
2005年以来‥
何て変わりようでしょう!
こんなにスムーズに、長旅で具合が悪くなることも無くあの場所へ
辿り着けるなんて‥
もう山周辺や山道の舗装作業完了も間近ですよ。
なんだか拍子抜けするほどあっけなく到着してしまい、
うれしいような悲しいような‥‥‥‥
プリア・ヴィヒアは、かつて私にとって、悪路での長旅に耐えた人への
ご褒美のように、長い参道とともに段々と雄大な姿を現して、
長続きするわくわく感を抱かせてくれたのです。
今でももちろん大好きな(バコンとバイヨンとプノン・バイヨン・カオの
次くらいに)遺跡だし、いろんなしがらみから解放されたような気分になって、
とってもきれいな空気とともに純粋に「そこにいること」を楽しめる
貴重な場所なのです。
が‥ 今はちょっとそこまでという本当に「ご近所」的な感覚で、
往時のありがたみが‥
‥とこんなエゴい考えで過ごしていてもつまらないので、
本格的にこの素敵な遺跡散策を楽しみにかかりました。

この日は前泊したアンロンヴェンの町からスタート。
朝日に向かって走ってるよ‥(ドライバーさん、まぶしくてごめんね)

カンボジアにも朝もやというものが出るんですね。知りませんでした。
(はい、私は朝にめっぽう弱いのですよ‥めったに早起きなんてしません!)
目的地の山の近くのチェックポイントに到着し、ノートに必要事項を
記入したら、いよいよ遺跡が鎮座する山頂を目指して出発!
しかし‥残念ながら乗合のピックアップトラックは一足先に
出発してしまったので、「お客さんがまた集まるまで待たないとね。
それか、バイクで行く?」とお姉さんに言われ‥
結局、怖いからやめておこうと思っていたモトードップで上まで登ることに。
(やっぱり急な坂道は手に汗にぎりましたわ‥)

山だ!山だ! 子供のように興奮。

山頂少し手前の駐車場に到着。
冬瓜ジュースを買って、いよいよ徒歩で遺跡へ向かいます。

上に登りきったら、まず青空にはためくカンボジア国旗とユネスコの旗。
そして、この看板。

かつての正規の入り口(?)、今は閉ざされたタイ側から入って
階段を上りきると、この建造物が出迎えてくれます。

観光客は、早い時間帯であったこともありまだまばらでしたが、
たくさんの兵士が遺跡周辺に駐屯していました。
一瞬どきどきしてしまいましたが、落ち着いて見まわすと、みな
のんびりとしていて、先日の戦闘が信じられないような長閑さでした。
しばらく散策していると、びっくりするほど立派な雄鶏がいたので
見入ってしまいました。すると、飼い主(?)の兵士が現れて、
落ち着きのない鶏を、写真を撮りやすいように捕まえてくれました。
いや、そこまでしなくても良かったんだけどな‥
「おまえほら、じっとしてろよ。かっこよく撮ってもらわないとな。」
(しゃべりかけてるし‥)

以前この参道脇には所狭しと売店が並んで、カンボジア人もタイ人も
それ以外の外国人も、みな一緒くたにこの遺跡の散策を楽しんで
いたんですよね‥

鶏兄ちゃんがいたところの近くで、ノム・ヒンを売っているお姉さんを
発見し、迷わず購入。朝ごはん朝ごはん!
(これ一つでこの日の夜までを乗り切ることになるとは、
まだ思っていなかった‥)

遺跡をじっくり見る前に、山頂からの景色を楽しみます。
決して高くは無い山ですが、眺めは素晴らしく、
日差しは強いですが風が涼しくて気持ちが良いのです。
途中英語ペラペラの、ポリスのおじさんと会いました。
彼はシェムリアップから来たそうで、任期は12月半ばくらいまで。
最近片目を傷めてしまい、「痛いから病院に行きたいんだけど、
今は持ち場を離れられない。ちょっと怖いんだ。」と赤い目で
不安そうに話していました。

「前は、ここに寝泊まりしてた。」と話すおじさん。

「今はここに住んでるんだ。6人は余裕で入れるよ。中見たい?」
「いや、ごめんなさい。遠慮しておきます‥」
「ここに入っていたら安全なんだ。弾も届かない。」
ここで、先の銃撃戦のことを思い出し、背筋に冷たいものが走りました。
つづく。



